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今日が永遠に続けばいい。
みんな落ち着こうよ、何十億っていう個人個人が主張しすぎて世界の変化がめまぐるし過ぎる。
娯楽も苦しみも次から次へとうっとうしい。
それもこれも『時間』という波にみんな等しく同じスピードで押され続けているから。
どんなに壁に張り付いて自らの停止を主張したって、その壁ごと動いて強制的に前に進まされるんだから意味がない。
ああ嫌だ止まってくれたら良いのに。
私は運命よりも時が憎い。
みんな落ち着こうよ、何十億っていう個人個人が主張しすぎて世界の変化がめまぐるし過ぎる。
娯楽も苦しみも次から次へとうっとうしい。
それもこれも『時間』という波にみんな等しく同じスピードで押され続けているから。
どんなに壁に張り付いて自らの停止を主張したって、その壁ごと動いて強制的に前に進まされるんだから意味がない。
ああ嫌だ止まってくれたら良いのに。
私は運命よりも時が憎い。
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「○○ちゃんと一緒に行きたいんだよ」
だけどそれは『私』じゃなくても良かったんでしょう?
そう思ってしまった私が嫌い。
口には勿論出してなどいないけど、『生まれてこなければよかった』という考えは私個人に向けるもので、両親に対して思うべきではない。
泣きながらも内心で凄く冷めていた自分が酷く嫌だ。
結局行くのか行かないのか最後まで決断できず、どうしたらいいのか判らないままに母の前でまた泣いてしまった。
私は自分がこんな生活をしている事にやはり多少なりとも憂いを持っているようで、日常の中でも自分の娯楽で出掛ける事にとても負い目を感じる。
私には物事を楽しむ資格なんてない、その考えが故に出掛けても帰宅してから罪悪感に苦しんでいる。
だから極力外出などは避けるようにしている。勿論、ただ単に自分が世間に出たくないという理由もあるのだが。
今回も、『私が出掛けなければその分は確実に金銭面で負担かけなくて済むよなぁ』なんて。
私は現代人としての最低基準すら満たしてないんだから、人並みの娯楽を受けてはいけないんだと思う。
これは別に自分に対して厳しくしているとかではなくて、それを指摘されて自分が苦しまないようにという考えから。
だって自分に対して厳しくしたいなら這ってでも外に出て働き口探す筈だからね。
つまり私は自分の心の平安しか考えていないという事。
相も変わらず嫌な思考で。
だけどそれは『私』じゃなくても良かったんでしょう?
そう思ってしまった私が嫌い。
口には勿論出してなどいないけど、『生まれてこなければよかった』という考えは私個人に向けるもので、両親に対して思うべきではない。
泣きながらも内心で凄く冷めていた自分が酷く嫌だ。
結局行くのか行かないのか最後まで決断できず、どうしたらいいのか判らないままに母の前でまた泣いてしまった。
私は自分がこんな生活をしている事にやはり多少なりとも憂いを持っているようで、日常の中でも自分の娯楽で出掛ける事にとても負い目を感じる。
私には物事を楽しむ資格なんてない、その考えが故に出掛けても帰宅してから罪悪感に苦しんでいる。
だから極力外出などは避けるようにしている。勿論、ただ単に自分が世間に出たくないという理由もあるのだが。
今回も、『私が出掛けなければその分は確実に金銭面で負担かけなくて済むよなぁ』なんて。
私は現代人としての最低基準すら満たしてないんだから、人並みの娯楽を受けてはいけないんだと思う。
これは別に自分に対して厳しくしているとかではなくて、それを指摘されて自分が苦しまないようにという考えから。
だって自分に対して厳しくしたいなら這ってでも外に出て働き口探す筈だからね。
つまり私は自分の心の平安しか考えていないという事。
相も変わらず嫌な思考で。
最近妙に家族につっかかって言い合う夢ばかり見る。
寝覚めが悪すぎて気持ち悪い。
寝覚めが悪すぎて気持ち悪い。
眼上に展がるは、どれもこれもが色鮮やかな窓ばかり。
形、色、見える景色が異なるそれ等は一体幾億か幾兆か、数える事すらも酷く億劫だ。
遠ければ煌めく豆粒も、近ければ此れ見よがしと自身を主張して些か煩い。
見上げれば眩暈がする程、見つめれば目が痛む程の彼等。
それでも時折にこの部屋の扉を開くのは、眺めていてこれ程飽きない物が他に無いからだろう。
愉快、とまではいかなくとも、持て余した時は潰すことができる。
「父上、此方に御出でしたか…
…此処は相も変わらず凄まじい数ですね、増えもしなければ減りもせず…
この不規則な色の並びが見ていて気分すら悪くなります。」
「まぁそう云うな、ひとつひとつどれも興味深いものばかりだ。
…例えばそうだな、此を見てご覧。」
「此は…人間の女ですか。」
「そう、
しかし彼女が他の窓と違うのはその特別な感性にある。」
「…と云うと。」
「まぁ待ちなさい、
ほら見ておいで、この彼女がどう見える。」
「…何か、困る…いや、此は戸惑って居るのでしょうか。」
「そうだその通りだ、
彼女はその感性にただただ戸惑って居る。
今彼女は自らの既視感を視て居るんだ。
ただのそれだけでは説明にならないね、この人間はね他人よりもその体験が桁違いに多いんだよ。」
「既視感…つまり、
過去に自分が同じ場所、または行動をとったかの様に感じてしまうその感情の頻発に戸惑って居ると…。」
「そうみたいだね。」
「しかし父上、私はその様なもの体感した試しがありません。」
「そう、我々に既視感などあってはならないからだ。我々がそう造られているからだ。
故に我々には存在し得ない、彼等特有の感情だという事。
既視感が多い彼女は、それだけその生を重ねたという結果。
それは我々にはあってはならない事なんだよ。」
「…彼女は幾度目の生なのでしょうか。」
「さて、この分だと相当な…
あぁ、どうやらまた数が増えてしまうようだね。
今度もその環から抜け出すには至らなかったようだ。」
「解せません、彼女だけではないのでしょう。私には彼等が解せない。」
「それでいい、その感情を大切になさい。」
「しかし…私もそんな彼等に興味が湧いてきました。」
「我々は彼等とは違う、しかし視ていてやる事も我々の役。興味を持つのならこれ以上の事はないだろう。」
@
自殺をするとその同じ人生をまたなぞるようにやり直す事になるらしい。
それとデジャヴの因果性は私が勝手に作ったものですが。
もし自分の人生が既に2回目以降のものだったとしたら、とか考えると凄いやるせなくなる。
しかし思ったまま書いてみたけどどうも気に入らんなこの文章。なんでだろ。
形、色、見える景色が異なるそれ等は一体幾億か幾兆か、数える事すらも酷く億劫だ。
遠ければ煌めく豆粒も、近ければ此れ見よがしと自身を主張して些か煩い。
見上げれば眩暈がする程、見つめれば目が痛む程の彼等。
それでも時折にこの部屋の扉を開くのは、眺めていてこれ程飽きない物が他に無いからだろう。
愉快、とまではいかなくとも、持て余した時は潰すことができる。
「父上、此方に御出でしたか…
…此処は相も変わらず凄まじい数ですね、増えもしなければ減りもせず…
この不規則な色の並びが見ていて気分すら悪くなります。」
「まぁそう云うな、ひとつひとつどれも興味深いものばかりだ。
…例えばそうだな、此を見てご覧。」
「此は…人間の女ですか。」
「そう、
しかし彼女が他の窓と違うのはその特別な感性にある。」
「…と云うと。」
「まぁ待ちなさい、
ほら見ておいで、この彼女がどう見える。」
「…何か、困る…いや、此は戸惑って居るのでしょうか。」
「そうだその通りだ、
彼女はその感性にただただ戸惑って居る。
今彼女は自らの既視感を視て居るんだ。
ただのそれだけでは説明にならないね、この人間はね他人よりもその体験が桁違いに多いんだよ。」
「既視感…つまり、
過去に自分が同じ場所、または行動をとったかの様に感じてしまうその感情の頻発に戸惑って居ると…。」
「そうみたいだね。」
「しかし父上、私はその様なもの体感した試しがありません。」
「そう、我々に既視感などあってはならないからだ。我々がそう造られているからだ。
故に我々には存在し得ない、彼等特有の感情だという事。
既視感が多い彼女は、それだけその生を重ねたという結果。
それは我々にはあってはならない事なんだよ。」
「…彼女は幾度目の生なのでしょうか。」
「さて、この分だと相当な…
あぁ、どうやらまた数が増えてしまうようだね。
今度もその環から抜け出すには至らなかったようだ。」
「解せません、彼女だけではないのでしょう。私には彼等が解せない。」
「それでいい、その感情を大切になさい。」
「しかし…私もそんな彼等に興味が湧いてきました。」
「我々は彼等とは違う、しかし視ていてやる事も我々の役。興味を持つのならこれ以上の事はないだろう。」
@
自殺をするとその同じ人生をまたなぞるようにやり直す事になるらしい。
それとデジャヴの因果性は私が勝手に作ったものですが。
もし自分の人生が既に2回目以降のものだったとしたら、とか考えると凄いやるせなくなる。
しかし思ったまま書いてみたけどどうも気に入らんなこの文章。なんでだろ。
最近父の運転が荒くなったような気がする…
そして、狭い路地などで出くわす車に対する愚痴が酷く怖く感じる。
…助手席に座るのもうやめようかな。
でも母が座ったら愚痴が会話になって更に苦しいかな。
うーん…。悩み所です。
リアルに怖くて泣きたくなるから困ってる。車乗りたくない。
そして、狭い路地などで出くわす車に対する愚痴が酷く怖く感じる。
…助手席に座るのもうやめようかな。
でも母が座ったら愚痴が会話になって更に苦しいかな。
うーん…。悩み所です。
リアルに怖くて泣きたくなるから困ってる。車乗りたくない。
言葉って不思議だな。
根本を伝えられないのに感情は揺さぶれる。
ただの記号の寄せ合いなのに。
それが成せるのはきっと人がそれに意味を求めてるからなんだろうな。
根本を伝えられないのに感情は揺さぶれる。
ただの記号の寄せ合いなのに。
それが成せるのはきっと人がそれに意味を求めてるからなんだろうな。
未だにもやもやしてるんでもういっそ少しでも書く事にします。これで怒らせたならご免なさい、でも譲れない。
歳を重ねるごとに色々我慢出来なくなってきてるな私…。昔は我慢出来たんだけどなー。
此処を見て辛いとか腹立つとかなら見ないで下さいね。私のテンションのバロメーターは表の日記の有り無しでぶっちゃけ充分だと思うので。此処に書けない程凹んでる事もあるんだし。連絡して反応がなかったらブルーな期間なんです。
私は赤の他人のこういう系のブログ見付けたらすすんでよく見るし、
こういうのを書く事によってストレスの捌け口にして、また後々見返して自分の考え整理したりするんであれも必要な書き込みだし。
別に誰かに見て貰いたいから書いてる訳じゃないんだし。リンクを繋げてるのは私が管理しやすい為と、私みたいにこういう系見たいって人がいるかもしれないと思ったから。
見てなんであれ苦しむなら見ない方がお互いの為だと思います。
実は2つ前の自己分析、私の根本にある本質の一部だったりする。
いや自己分析と銘打っているわけだから本質じゃないわけないんだけど。
本当に好きな物がないから全部切ろうと思えば多分切れるんだろうなぁなんて感じたわけで。
それをしないのは『出来ない』と置き換える事も出来るんだけど、本当に出来ないのかと疑問に思ったのが発端。
それでも好きな物は無いよりあった方がいい、けどそれは必要最低限な方が気楽でいい。
小一時間集中して考えないとこういうのは出てこないので普段は奥底に隠れてますけどね。
…私、1人になる時と他人と話している時と2つの人格持ってるんだなぁ、やだなぁ。そしてそれは私の中で前者の方が強い。後者は諍いを選ばない道を無意識に選んでるだけだから本心じゃない。今日だってそうだった。
多分人によっては「直接言ってくれた方がいい」って言うんだろうけど、言えるわけがない。対人モードは無意識に良い人を繕っているから。
素を出せるっていう人が羨ましいとは思わないけど、それでも私が持ってないものをいっぱい持ってるんだろうなぁって思う。
あー、判った、つまりは他人に認められたがってる自分の姿勢が疎ましいだけなんだな。
歳を重ねるごとに色々我慢出来なくなってきてるな私…。昔は我慢出来たんだけどなー。
此処を見て辛いとか腹立つとかなら見ないで下さいね。私のテンションのバロメーターは表の日記の有り無しでぶっちゃけ充分だと思うので。此処に書けない程凹んでる事もあるんだし。連絡して反応がなかったらブルーな期間なんです。
私は赤の他人のこういう系のブログ見付けたらすすんでよく見るし、
こういうのを書く事によってストレスの捌け口にして、また後々見返して自分の考え整理したりするんであれも必要な書き込みだし。
別に誰かに見て貰いたいから書いてる訳じゃないんだし。リンクを繋げてるのは私が管理しやすい為と、私みたいにこういう系見たいって人がいるかもしれないと思ったから。
見てなんであれ苦しむなら見ない方がお互いの為だと思います。
実は2つ前の自己分析、私の根本にある本質の一部だったりする。
いや自己分析と銘打っているわけだから本質じゃないわけないんだけど。
本当に好きな物がないから全部切ろうと思えば多分切れるんだろうなぁなんて感じたわけで。
それをしないのは『出来ない』と置き換える事も出来るんだけど、本当に出来ないのかと疑問に思ったのが発端。
それでも好きな物は無いよりあった方がいい、けどそれは必要最低限な方が気楽でいい。
小一時間集中して考えないとこういうのは出てこないので普段は奥底に隠れてますけどね。
…私、1人になる時と他人と話している時と2つの人格持ってるんだなぁ、やだなぁ。そしてそれは私の中で前者の方が強い。後者は諍いを選ばない道を無意識に選んでるだけだから本心じゃない。今日だってそうだった。
多分人によっては「直接言ってくれた方がいい」って言うんだろうけど、言えるわけがない。対人モードは無意識に良い人を繕っているから。
素を出せるっていう人が羨ましいとは思わないけど、それでも私が持ってないものをいっぱい持ってるんだろうなぁって思う。
あー、判った、つまりは他人に認められたがってる自分の姿勢が疎ましいだけなんだな。
某方の文が私宛のものだとするならば、
それ等は私も理解したうえでのあの文でした。
ただ私が考えてる奥底の重大な部分を見せずにそれを表面的に撫でた物を此処にぶちまけてストレス発散として書いているのでまぁ此方が思う事と読んで伝わるモノとの差異はどうしてもしかたないんだろうなぁなんて。(ぶっちゃけ今読み返してみたら「俺受け売りばっかで自分から好きになった物がねぇじゃん!」みたいな文章だったし。)(あとついでに言うとあなた結構何かしらに気を遣うタイプだと思うぞ?節々に結構感じるし)
細かい解説は此方の気力がなくなるのでやめておきますが、あれは趣味云々の話じゃなくて、ただ自分が思う『好きだ』という感情そのものに自分自身で疑問を持ったんです。自信はあとからついてくると言いますが、私の人生において未だそんな事例は報告されていないので。
やっぱり文字だけじゃ伝わらない部分もあるよなぁ、ただ私の文章力が足りないだけなのかも知れないが。
苦しみの伴う欲なら切り捨てる事を選ぶ。
明日よりも今日が欲しい。
その為に『好き』という感情は極力増やしたくない。受け入れる覚悟くらいは多少持っているけれど。
そんな私が持つ『好き』というこの感情とは?
まぁ言ってしまえばそういう事。
言葉を借りれば、私はきっと素直にも純粋にも生きられないし生きたくもないんだと思う。
ヒトにはヒトの考え方がある。あれは私の考え方。
それでもただそこにヒトが在る事には変わりないので、ずらずら書いたところで変えるつもりもなければ変わるつもりもないんだけど実際。
ただ私は、私が今こうしている理由を模索しているだけなんです。
何処かに間違いはあるのか、他人と私の違う点はあるのか、
ただそれを探しているだけなんです。
存在意義を探しているだけなんです。
別に答えは見つからなくていい。
自己分析ってそういうものだと思う。
それ等は私も理解したうえでのあの文でした。
ただ私が考えてる奥底の重大な部分を見せずにそれを表面的に撫でた物を此処にぶちまけてストレス発散として書いているのでまぁ此方が思う事と読んで伝わるモノとの差異はどうしてもしかたないんだろうなぁなんて。(ぶっちゃけ今読み返してみたら「俺受け売りばっかで自分から好きになった物がねぇじゃん!」みたいな文章だったし。)(あとついでに言うとあなた結構何かしらに気を遣うタイプだと思うぞ?節々に結構感じるし)
細かい解説は此方の気力がなくなるのでやめておきますが、あれは趣味云々の話じゃなくて、ただ自分が思う『好きだ』という感情そのものに自分自身で疑問を持ったんです。自信はあとからついてくると言いますが、私の人生において未だそんな事例は報告されていないので。
やっぱり文字だけじゃ伝わらない部分もあるよなぁ、ただ私の文章力が足りないだけなのかも知れないが。
苦しみの伴う欲なら切り捨てる事を選ぶ。
明日よりも今日が欲しい。
その為に『好き』という感情は極力増やしたくない。受け入れる覚悟くらいは多少持っているけれど。
そんな私が持つ『好き』というこの感情とは?
まぁ言ってしまえばそういう事。
言葉を借りれば、私はきっと素直にも純粋にも生きられないし生きたくもないんだと思う。
ヒトにはヒトの考え方がある。あれは私の考え方。
それでもただそこにヒトが在る事には変わりないので、ずらずら書いたところで変えるつもりもなければ変わるつもりもないんだけど実際。
ただ私は、私が今こうしている理由を模索しているだけなんです。
何処かに間違いはあるのか、他人と私の違う点はあるのか、
ただそれを探しているだけなんです。
存在意義を探しているだけなんです。
別に答えは見つからなくていい。
自己分析ってそういうものだと思う。
思う。
私には『好き』という概念がもしかしたら無いんじゃないか?
嫌いな物を挙げろと言われたら直ぐに思い付くのだけれど、好きな物を挙げろと問われても悩み抜いた挙げ句に当たり障りのない答えを示す事が多い。
それが別に好きな物じゃなくても、相手が「好き」と言えば自分も『好き』になった気でいる事が多いような気がする。それは嫌いな物も然りだが。
批判は他人の心に踏み入って何かを傷付けるものだという事を知っているから、『好き』という感情さえも持つ事を恐れているんじゃなかろうか。
嫌いな物はとことん嫌いで拒否をする事を学んだけど、嫌いな物以外は『見向きもしない』か『嫌いではない』、それがよくいっても『気に掛かる』程度というどれかに分かれているような…。
受け売りの『好き』は悔しくはあるが嫌なわけではない。ただ、誰かがそれを『好き』と言わない限り私はそれを好きになれない。そんな気がする。
『気に掛かる』物が他人によって認められないと私はそれを好きにはなれない。だからそれとなく否定をされてしまえば『好き』になる事はないんだと思う。
依存する物があっても、それは過去で誰かに認められたから。
つまり他人の意見に流されて、それがあたかも自分の意見のように誤解してしまうのが私。
他人の顔色ばかりをうかがって個性というものを無くしてしまったようなそんな気がする。私は自分の欲よりも他に怯えて我慢する事を選んでる。その方が私にとって楽だから。
『他人を不快にするのが嫌だという他人の事よりも自分第一に考える身勝手』な私の為に私の『好きな物』は『他人』によってコロコロ変わっていく。
他人と向き合っているよりも、こうやって1人で考えている方がやっぱり気が楽でいい。ヒトに嘘をつかなくて済むから。他人と話をしている自分はその場限りの嘘をいつも吐いている。それも無自覚で。
「いいよ」「好きだよ」「大丈夫だよ」今日はいくつ嘘を吐いただろう。数える事など出来はしない。
それが『私』自身で、どこからが『嘘』でどこからが『嘘の嘘』なのか自分でも判っていないのだから。
自分の中に『自分』という部分は果たして存在しているのかどうか。
私には『好き』という概念がもしかしたら無いんじゃないか?
嫌いな物を挙げろと言われたら直ぐに思い付くのだけれど、好きな物を挙げろと問われても悩み抜いた挙げ句に当たり障りのない答えを示す事が多い。
それが別に好きな物じゃなくても、相手が「好き」と言えば自分も『好き』になった気でいる事が多いような気がする。それは嫌いな物も然りだが。
批判は他人の心に踏み入って何かを傷付けるものだという事を知っているから、『好き』という感情さえも持つ事を恐れているんじゃなかろうか。
嫌いな物はとことん嫌いで拒否をする事を学んだけど、嫌いな物以外は『見向きもしない』か『嫌いではない』、それがよくいっても『気に掛かる』程度というどれかに分かれているような…。
受け売りの『好き』は悔しくはあるが嫌なわけではない。ただ、誰かがそれを『好き』と言わない限り私はそれを好きになれない。そんな気がする。
『気に掛かる』物が他人によって認められないと私はそれを好きにはなれない。だからそれとなく否定をされてしまえば『好き』になる事はないんだと思う。
依存する物があっても、それは過去で誰かに認められたから。
つまり他人の意見に流されて、それがあたかも自分の意見のように誤解してしまうのが私。
他人の顔色ばかりをうかがって個性というものを無くしてしまったようなそんな気がする。私は自分の欲よりも他に怯えて我慢する事を選んでる。その方が私にとって楽だから。
『他人を不快にするのが嫌だという他人の事よりも自分第一に考える身勝手』な私の為に私の『好きな物』は『他人』によってコロコロ変わっていく。
他人と向き合っているよりも、こうやって1人で考えている方がやっぱり気が楽でいい。ヒトに嘘をつかなくて済むから。他人と話をしている自分はその場限りの嘘をいつも吐いている。それも無自覚で。
「いいよ」「好きだよ」「大丈夫だよ」今日はいくつ嘘を吐いただろう。数える事など出来はしない。
それが『私』自身で、どこからが『嘘』でどこからが『嘘の嘘』なのか自分でも判っていないのだから。
自分の中に『自分』という部分は果たして存在しているのかどうか。
時は絶対的なもの。
いくら惑星が太陽からとの距離が異なって公転1周=1年の日数が違ったって、いくら自転1周=1日の秒数が違ったって、変化するのはそこにある数字だけで、流れる『時』のスピードは常に一定。
全てに等しくまとわりつく、目に見えないその存在。
時>光>音
…の順番に強い。…と思う。私は。
時を創り出したのは誰なんだろう。
そもそも、始まりの『トキ』とは?
時はいつからどのように始まったんだろう。
宇宙の始まり=ビッグバンが『時』の始まりなのか、だとしたら宇宙とは一体何なのか。宇宙の外側に何かがあるとするならば、そこに『時』は存在するのか。仮にあるならそこの時は此方の時と同一なのか。
この宇宙は完璧なまでに規律の取れた方程式でなりたっているわけなのだが、宇宙に外側という物があるならその方程式はそちらでも成り立つのか。
そんな事をひたすら考える。
色々考えだすときりがない。
でも可能性を模索するのは楽しい。
いくら惑星が太陽からとの距離が異なって公転1周=1年の日数が違ったって、いくら自転1周=1日の秒数が違ったって、変化するのはそこにある数字だけで、流れる『時』のスピードは常に一定。
全てに等しくまとわりつく、目に見えないその存在。
時>光>音
…の順番に強い。…と思う。私は。
時を創り出したのは誰なんだろう。
そもそも、始まりの『トキ』とは?
時はいつからどのように始まったんだろう。
宇宙の始まり=ビッグバンが『時』の始まりなのか、だとしたら宇宙とは一体何なのか。宇宙の外側に何かがあるとするならば、そこに『時』は存在するのか。仮にあるならそこの時は此方の時と同一なのか。
この宇宙は完璧なまでに規律の取れた方程式でなりたっているわけなのだが、宇宙に外側という物があるならその方程式はそちらでも成り立つのか。
そんな事をひたすら考える。
色々考えだすときりがない。
でも可能性を模索するのは楽しい。
